ドイツワイン物語

ノアの方舟伝説

2019/04/17

原始時代の人類が自然の恵みを求めて採集・狩猟の生活から、より安定と効率を求めて農耕・栽培・畜産。養殖の生活に移行し、さまざまな文化・文明を生み出し、その歴史が時代の変遷を経て現代に引継がれてきたのです。

ワインの歴史もその一つで、最初は野生の葡萄から自然発酵した果汁の摩訶不思議な飲物を神の恵みと敬い「生命の水」と讃えながら生活に溶け込むにつれて、果実の選択・栽培へと進化していったと考えられてきたのです。

その後、ワイン醸造の革命とも言うべき人の手による葡萄の栽培が、何時、誰によって行われたかを探ろうとした試みが、旧約聖書の巻頭に載った『創世記』の西暦前4000年を元年とする年表を引用した、ドイツ・ヴィースバーデンの国際学術出版社の『ラインガウの歴史とワインの年代史』に見られます。(ワインの世界史・古賀 守著参照)

年表は、政治、経済、紛争、文化、文明、人物が登場して、その主なものを挙げると、創世紀・元年・世界の創造、200年・カイン、初めて都市を建設、622年・星学(アストロノミー)の発見、687年・エノクによる神事。祭神の始まり、930年・最初の人間アダムの死、1410年・絵画の始まり、1657年・罪の大洪水、1658年・ノア、方舟より着地、1663年・ノア、葡萄を栽培、1772年・エムロデ、バベルの塔の建設、2007年・ノアの死、2136年・オシリスのビール造り発明、3250年・ローマ市の建設、3616年・アリストテレスの誕生、3902年・シーザー、最初のローマ皇帝となる、4000年・キリストの誕生で終わっています。

 ノアは、シュメール神話の大洪水・方舟伝説の主人公として広く知られ、それによると天地創造の神が、己の教えに忠実なノアに向かって『この大地には暴虐邪悪な人間が満ち溢れ、悔い改めることも回心することもない。大洪水を起こしてこれらの人間をこの地から一掃しようと決めたので、家族と全ての番(つがい)の生物を乗せる船を作って逃れるように』と命じ、ノアは作った箱型の船に妻と3人の息子夫婦と全ての生物を乗せて大洪水から逃れ、トルコのアララト山に漂着した後、農夫となり再び世界を創生したと伝えられているのです。

ローマ軍がモーゼル地域にワイン造りを始めた以前から、ライン川沿いの土着民がワインを造っていたとも語られている地域だけに、『ラインガウの歴史とワインの年代史』の内容に興味を惹かれますが、残念ながら目にする機会がなく、ノアが最初に葡萄の栽培をした人かどうかは分からないのです。しかし、ノアが葡萄栽培をした1663年から、ノアの死の2007年迄に344年もある神話的不条理から、ノアが葡萄栽培の先駆者として編んだとは思えないのです。

多分、ワインの年代史を編纂するに当たって、西暦以前の歴史の集大成とも言える「創世記」を登場させたのは、ワインが古代社会で重要な役割を果たしていた事実と、古代の歴史の真実を知ることが如何に難しいことかを、言外に匂わせたかったのではないかとも思えるのです。

一方、年表によるとワインと覇を競うビールが、創世紀2136年に発明され、今から約3900年近くの歴史を重ねていることになっていますが、『創世記』の根拠が神話からか、或は他の資料からか大いに興味があるところです。

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